網走と釧路を結びます。160kmあまりの距離のうちに国立公園3つ、国定公園1つを有する、道内でも有数の自然に囲まれた路線です。特に、釧路湿原国立公園の中を釧路川に沿って走る場面は、釧網線(せんもうせん)でしか味わえないものとして多くのお客様の目を楽しませています。

 

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釧路湿原は昭和55年に日本で最初のラムサール条約登録指定地に選ばれた全国湿原面積の59%を占める湿原で、昭和62年7月には全国28番目の国立公園に指定されました。

 

道内では大雪山国立公園とともに指定され、もっとも長い歴史を持っている国立公園です。千島火山帯の活動による世界的規模のカルデラ地形が特徴で、火山地帯であるためその恵みを受けた有名な温泉も数多く見られます。

  知床(北海道斜里町、羅臼町)は、国内3番目の世界自然遺産となりました。ヒグマなど大型のほ乳類が高密度で生息しているほか、国際的な希少種であるシマフクロウ、オオワシ、オジロワシなど鳥類が豊富。北方系と南方系の動物と植物が多様な生物相を織りなしています。
         
DATE 全線開通日 区間 営業キロ
釧網線 昭和6.9.20 東釧路〜網走 166.2km
が走ります!

例年、4月下旬から10月下旬まで運転する臨時列車「くしろ湿原ノロッコ号」。春〜夏にかけては釧網線 釧路駅〜塘路駅間、秋は釧路駅〜川湯温泉駅を運転しています。

四季折々に変化する国立公園「釧路湿原」の中を縫うようにして走るこの列車ではエゾシカやタンチョウなどの野生生物が車窓から見られ、ビューポイントでは減速するなど楽しさ一杯の観光列車として大人気です。

 
 

が走ります!

甦る蒸気機関車「SL冬の湿原号」
一面の銀世界が広がる冬の湿原の風景、タンチョウやエゾシカといった野生動物など冬の臨時列車「SL冬の湿原号」でしか見ることの出来ない世界にご案内します。
「SL冬の湿原号」として運転されているC11 171は、昭和15年に製造され、昭和50年まで各線区で活躍しました。引退前には標茶を起点とする標津線を中心に使用され、廃車後は標茶町の公園で保存されていました。平成12年の冬に「SL冬の湿原号」として標茶に元気な姿で里帰りを果たしました。
   

「流氷ノロッコ号」
遠く知床連山を望みながら、オホーツク海に広がる流氷をゆっくりと眺めながら走る列車「流氷ノロッコ号」。
ノロッコ号の大きな窓からは流氷に覆われたオホーツク海と厳冬の知床連山を一望できます。車内のだるまストーブでスルメをあぶりながら、旅情豊かな時をお楽しみ下さい。

 

釧網線の前身は、明治20年(1887)に安田財閥の総帥・安田善之助が、川湯温泉近くの硫黄山(アトサヌプリ山)から硫黄鉱石を運搬するため標茶まで施設したもので、北海道では3番目に古い鉄道です。

 

当初、貨物専用であったこの鉄道は、やがて「釧路鉄道」として旅客兼用となりましたが、明治29年(1896)には硫黄採掘の中止により鉄道も廃止となりました。
この鉄道を買い取った北海道鉄道部が、一部レールを変更しながら釧路と網走を結んだのが現在の釧網線です。昭和6(1931)年9月20日、釧網線川湯(川湯温泉)・網走本線札鶴(札弦)間開通、中間に上札鶴(緑)駅開業し、東釧路〜網走間全通となりました。  

 

 

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